YUNGAY

Jun 19, 2007

①「Campo Santo Yungay(ユンガイ慰霊公園・国立公園)」 ペルー時間 1970年5月30日 15:23:31。 M7.8のアンカッシュ地震が起こった。 死者・行方不明者は、この地域全体で約7万人。 その中でもこのユンガイは、もっとも悲惨な被害を受けた。

ペルー最高峰のワスカランの麓にあったこの町。 地震でワスカラン北峰の氷河が大崩落、 15,000,000m3の土砂と雪が、3,000mの高さを時速300kmで襲ってきた。 これがどれくらいの早さだったのか、 私は専門家じゃないから分からないけど、 ある本によると、地震から約3分で、これだけの土砂がユンガイを襲ったとか。 ・・・逃げ切れるわけがない。

それではチケット裏の地図に沿って ご紹介しましょう♪

②「メインゲートからの景色」 ワスカランが町を見下ろす。 この右側にガソリンタンクが埋もれてる。

アルゼンチンやロシアなど 世界各国が復興支援にあたった。 その記念碑の前で、丸暗記の歴史を話す地元の女の子 (お小遣い稼ぎね/笑) すごく頑張ってたんだけど、お経みたいにだらだら話すから とっーても聞き取りにくかった(涙)

③「オムニバス」 当時の惨事を伝える 貴重な遺物。 実はこれ、バス1台じゃなく、3台の車が グチャグチャになってるんだとか。

「ドン・パブロのフォルクスワーゲン製 カミオン(トラック)」 どれがバスでどれがトラックかなんて ぜんぜん判別つきません。

「当時はまだこの当たりには、フォルクスワーゲンはなかった。 だから他所の人が巻き込まれたのだろう。」 と、ガイドさん。 気の毒に。 南無。

④「旧ユンガイ広場」 町の中心、アルマス広場だった場所。 犠牲者への追悼の意を表して、 色とりどりのバラが植えられてる。

⑤「ミラドール・トゥリスティコ」 教会かと思っったよ。 残念ながら、時間切れで ここには行けませんでした。

⑥「Jr.28 de Octubre(10月28日通り)」

あと、⑦博物館や⑧市営園芸店、⑨クイ農場があったらしい。 でも到着したのがすでに5時過ぎ、辺りはどんどん暗くなっていく。 結局その辺は端折って、どんどん前へ進む、進む(苦笑)

⑩「セメンテリオ(墓地)」 ここユンガイの犠牲者だけでも約2万人。 そのほんの一部がここに埋葬されている。 ほとんどの人は 今も地面の下に埋もれたまま。 自然災害とはいえ、もう二度とこんな悲しい事が起こりませんように。

さーて、長かった1日もやっと終わり! 疲れた~!

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