①「Campo Santo Yungay(ユンガイ慰霊公園・国立公園)」
ペルー時間 1970年5月30日 15:23:31。
M7.8のアンカッシュ地震が起こった。
死者・行方不明者は、この地域全体で約7万人。
その中でもこのユンガイは、もっとも悲惨な被害を受けた。
ペルー最高峰のワスカランの麓にあったこの町。
地震でワスカラン北峰の氷河が大崩落、
15,000,000m3の土砂と雪が、3,000mの高さを時速300kmで襲ってきた。
これがどれくらいの早さだったのか、
私は専門家じゃないから分からないけど、
ある本によると、地震から約3分で、これだけの土砂がユンガイを襲ったとか。
・・・逃げ切れるわけがない。
それではチケット裏の地図に沿って ご紹介しましょう♪
②「メインゲートからの景色」
ワスカランが町を見下ろす。
この右側にガソリンタンクが埋もれてる。
アルゼンチンやロシアなど
世界各国が復興支援にあたった。
その記念碑の前で、丸暗記の歴史を話す地元の女の子
(お小遣い稼ぎね/笑)
すごく頑張ってたんだけど、お経みたいにだらだら話すから
とっーても聞き取りにくかった(涙)
③「オムニバス」
当時の惨事を伝える 貴重な遺物。
実はこれ、バス1台じゃなく、3台の車が
グチャグチャになってるんだとか。
「ドン・パブロのフォルクスワーゲン製
カミオン(トラック)」
どれがバスでどれがトラックかなんて
ぜんぜん判別つきません。
「当時はまだこの当たりには、フォルクスワーゲンはなかった。
だから他所の人が巻き込まれたのだろう。」
と、ガイドさん。
気の毒に。 南無。
④「旧ユンガイ広場」
町の中心、アルマス広場だった場所。
犠牲者への追悼の意を表して、
色とりどりのバラが植えられてる。
⑤「ミラドール・トゥリスティコ」
教会かと思っったよ。
残念ながら、時間切れで
ここには行けませんでした。
⑥「Jr.28 de Octubre(10月28日通り)」
あと、⑦博物館や⑧市営園芸店、⑨クイ農場があったらしい。
でも到着したのがすでに5時過ぎ、辺りはどんどん暗くなっていく。
結局その辺は端折って、どんどん前へ進む、進む(苦笑)
⑩「セメンテリオ(墓地)」
ここユンガイの犠牲者だけでも約2万人。
そのほんの一部がここに埋葬されている。
ほとんどの人は 今も地面の下に埋もれたまま。
自然災害とはいえ、もう二度とこんな悲しい事が起こりませんように。

さーて、長かった1日もやっと終わり! 疲れた~!