ティワナク遺跡(ボリビア)

2006年12月8日

ラ・パスの町を抜け、エル・アルトを走る。
ここはホテルより更に標高が高い・・・(涙)

すり鉢状のラ・パスはもう土地がなく、
どんどん外側の標高の高い地域へと町が広がっていってる。
でも当然そこは貧しい人の多い地区。
10年ほど前から下水道工事が始まってるらしいけど、
それでもまだ50%にも満たない普及率だとか。

スペイン人によってラ・パスの町が造られたのが1548年、
その当時中心だったLaja(ラハ)を通って進む。

なーんにもない、標高4028mの高原。
バンは順調に走り、9時半過ぎに博物館に到着。

「Museo Tiwanaku(ティワナク博物館)」
いや~ 紫外線のすごいこと(苦笑)

2000年に登録された世界遺産。
その登録名称が「Tiwanaku」らしいけど、現地では「Tiahunacu」と書いてあるものも。
もともと文字のないアイマラ語を無理やりアルファベットにしてるからしょうがない。
私のwebsiteでは「Tiwanaku」で統一♪

この博物館は写真不可。
入り口のロビー前と中庭だけしか撮れなかった。 残念。

人の形をした石柱。
古代都市時代のもの。

ティワナク文化は研究者によって違うが
5期、もしくは7期に時代を分けて考えられている。
この博物館では5期に分け、それを更に3期にまとめて書いてあった。

Village Periodo(小町村時代)   1500b.c~.45a.d.
Urban Clásico Periodo(古代都市時代)    45a.d.700a.d.
Expansión Periodo(拡張・分散時代)  700a.d.1200a.d.


「1500b.c.」って言っちゃってるところが大胆だなぁ。
ちなみにWikipediaでは「800b.c.から」ってなってますけど。
それだけまだまだ解明されてない文化なんだろうね。

動物の顔をもつ石像「Chachapuma」と
「Puerta de la Estrella(星の扉)」と呼ばれる門。

「太陽の神」?
顔の周り、髪の毛の部分にはコンドルとピューマが。
手や腰のベルト?の模様はきれいに残ってるけど、
鼻はスペイン人によって削られた。


インカの太陽神「ビラコチャ」のようだが、ティワナク文明はインカよりずっと前のもの。
だからもし太陽神だったとしても、名前は「ビラコチャ」ではないはず。
(だってこれ、インカの言葉、ケチュア語だもん。)
もしかしたらティワナク文明の神が インカのビラコチャの基かも?

「Monolito Benett(ベネット)」
パンフレットから拝借(笑)


高さ約7m、20トンはあるというこの巨石像。
全身にコンドルやピューマの絵が彫られている。
一番ティワナクが繁栄したのが古代都市時代。
モノリートや巨大建造物が次々建てられたのも この時期。
ガイドによると、ティワナクには13人の王がいたそうだが、
拡張時代に入ると王の求心力がなくなり、気候変化もあって崩壊していったとか。
でもまだまだ解明されていない文化。
誰にも真実はわからない。

チチカカ湖名物、トトラの船

ふんが~♪

もう1つ裏にあった青銅や焼き物が展示されてる博物館も見学。
思ったよりちゃんとした?博物館だったなー
まあ、ボリビアの数少ない外貨収入源だもんねぇ。
というか、世界遺産にも登録されてるんだし、
これくらい当然か。

だんなは朝より元気になった。
よかったー!
そしていよいよ、遺跡を見に行きます!

「Las Ruinas de Tiwanaku(ティワナク遺跡)」

遺跡の全景をご紹介♪
真ん中の白い長方形の建物が博物館。
その右斜め上が、ティワナクの建物群、
反対側、左斜め下が、「Pumapunku(プーマプンク)」。
(でもこっちは行かなかったんだよなー うぃ~ん。)
こうやって見ると、この文化がどれほど巨大な力を持っていたのか分かる。

遺跡群の入り口から、「Akapana(アカパナ)」を目指して歩く。
ガイドとフランス人のおっちゃん、そして後からだんな。
やぱり後姿がフラフラしてるよぉ(涙)

今は跡形もないが、当時は
7段のピラミッドだったらしい

入り口付近、一部発掘された場所。
その他は全て砂の中

石をこれだけ直線に切るのは
相当な技術だよね。

頂上部分に登って・・・ 唖然。
もともと頂上に大きな凹み部分のある構造らしいんだけど、
スペイン人が「黄金があるに違いない!」とがしがし掘っちゃったんだって!

メキシコのマヤの遺跡ももそうだけど、
ピラミッドって神をまつり、神への生贄を支える場所ってのが多い。
だから、財宝はやっぱ違う場所なんじゃないの?
案の定、人骨はいっぱい出たらしいし(苦笑)

人間なんてお構いなく、360度開けた大空を見つめる小鳥ちゃん♪

<アカパナの北側には「半地下神殿」と、

「カラササーヤ」がよく見える

ピラミッドというか、砂山と化したアカパナを滑り降り、
「Templo Semisubterraneo(半地下神殿)」へ。

神殿の向こうにある門は「カラササーヤ」の門。


その名の通り、穴を掘って造られた神殿。
その周りの壁には、たくさんの石の顔が。
神様なのか王様なのか、はたまた奴隷なのか?
でも、さまざまな民族を思わせる顔がある事から、
遠く離れた国々とも交易があった事がわかる。

ガイド曰く、これはアーリア人

これは黒人だって。

これは顔が逆さま!

雷の神様と言われてる「コンティキ像」。
どう見ても「お笑いサンタ」って感じなんだけど(笑)

次は「Kalasasaya(カラササーヤ)」へ。
半地下神殿から見える門から行くのかと思ったけど
壁を伝い、反対側の入り口に回ります。

一説には相当修復がいい加減とも。
そんなこと言われると
石組みが雑に見えちゃう(苦笑)

でもインカの遺跡にも負けない
きれいな石組みの場所も。
あと、あちこちに排水施設がある

噴水のように大量に流してた?
側溝まであるし、よほど多くの
水を使ったと言う事か?

「El Fraile(エル・フライレ)」
とても傷んだモノリート。
ベルトの模様がベネット、そして後出のポンセともぜんぜん違うことから
「海の向こうから来た人」を表現したのでは?との事。
腰のベルトの模様が海草みたいなんだって。

海草というより、カニ?


他の説では、このエル・フライレは湖水信仰の象徴とも。
全身に彫られた模様が魚や甲殻類ばかりだからだって。
うーん。 やっぱりぜんぜん解明できてないって訳ねー。

「Ponse(ポンセ)」
こちらはとても状態がいい。
手には杖を持ち、背中には両手に杖を持った太陽神の絵が。
ベルトもパンツの模様もとてもきれいに残ってます。

杖というか杯というか?
しかし、全身に細かい模様+指の関節や爪まで掘ってあって、
エル・フライレとはあまりに扱いが違うって感じねぇ。

ガイド君がこの穴の後ろから声を出すと・・・

大きく聞こえます。 古代の拡声器?
でもこの場所にある意味は不明。
それに確かに声は大きくなるけど、
カラササーヤ全体には届かないと思う。

「Puerta del Sol(太陽の門)」

一枚岩をくりぬいて作られた見事な門。
太陽神を中心に、鳥の羽を持つ戦士らしき姿が左右に8個×3段。
カレンダーだったとも言われている。
ガイドブックには「1908年の地震でヒビが入った」とあったけど、
「1860年代にラパスに移動させようとしたら壊れた」と、ガイドは言ってた。
さーて、どっちかな?(笑)

本当に残念な事だけど、このティワナク遺跡の修復は
とっても不正確なものらしい。
きちんとしたデータを取らずに 手当たり次第に石を積んだ場所もあるとか。
商業目的で発掘を進める側と考古学者側との対立など
様々な問題を抱える遺跡。
この太陽の門だって、本当はこの位置じゃないらしいし。<

素晴らしい古代文明、ティワナク遺跡。
本来あるべき姿で修復してもらいたいものである。

ねぇ? ビラコチャさん?

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